酒井健司
保険診療では風邪にビタミン剤を処方することはできなくなりましたが、自費診療でなら処方可能です。ビタミン、とくにビタミンCがさまざまな疾患に効果があると主張し、自費診療でビタミンを処方している医師もいます。風邪ばかりではなく、うつ病、統合失調症、がん、糖尿病、動脈硬化、アレルギー疾患などに効果があり、美容にもよいのだそうです。最近では新型コロナウイルス感染症も改善させるとも言われています。
ただ、十分な臨床的証拠には乏しいため保険診療として採用されてはいません。「分子矯正医学（オーソモレキュラー栄養医学）」を名乗るごく一部の医師が効果があると主張しているだけで、海外でも主流の医学界からは代替医療とみなされています。代替医療に関して高く評価されている本では「分子矯正医学の概念は生物学的には考えにくく、厳密な臨床試験で裏づけられてもいない。さらに分子矯正医学が有害になることもあり、しばしば非常に金がかかる」と述べられています（新潮社、『代替医療のトリック』、P438）。
実際、自費診療クリニックでは高濃度ビタミンC点滴が数千円から数万円で提供されています。保険は利きませんので全額自費です。どのようながんにも効果があるかのようにうたわれていますが、2019年の系統的レビューによればビタミンCが一般的ながん患者の全生存期間や生活の質を改善させる効果は証明されていません。
ビタミンCが試験管内で抗腫瘍（しゅよう）効果があるのは確かなようですが、実際に人間に使って効果があるかどうかは別問題です。ビタミンCが特定の種類のがんに有効であることが証明される可能性はあるもののには検証には質の高い臨床試験が必要です。どのようながんにもビタミンC療法の効果が期待できるかのように宣伝するのは適切とは言えません。
自費診療で行われる代替医療には、医師が積極的に効果を検証する動機が働かないという大きな構造的な問題があります。苦労して効果を検証しなくても患者さんの希望に応じて治療を行っていればクリニックはもうかります。むしろ、検証した結果、効果が乏しいことがわかってしまうとヤブヘビです。よって根拠が乏しい代替医療が行われ続けてしまうのです。高濃度ビタミンC点滴を行っているクリニックは、他にも自費診療でさまざまな代替医療を提供していますが、その多くは医学的根拠に乏しいものです。患者さんの不安や無知につけこんで金もうけをしているように私には見えます。
医薬品的な効能効果をうたって健康食品などを販売することは法律で厳しく規制されている一方で、根拠が乏しくても医師が自費診療で代替医療を行うのは裁量権の範囲内として許されています。医師は高い専門性と倫理観が期待されているがゆえですが、残念なことにどちらも持ち合わせていない医師もいます。医師が行う代替医療にもなんらかの規制、たとえば、標準医療になっていない理由についての十分な説明を義務づけるなどのルールが必要だと考えます。
※参考 Gwendolyn N Y van Gorkom et al., The Effect of Vitamin C (Ascorbic Acid) in the Treatment of Patients with Cancer: A Systematic Review, Nutrients, 2019 Apr 28;11(5):977.（https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/31035414/
）（酒井健司）
- 酒井健司（さかい・けんじ）内科医
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１９７１年、福岡県生まれ。１９９６年九州大学医学部卒。九州大学第一内科入局。福岡市内の一般病院に内科医として勤務。趣味は読書と釣り。医療は奥が深いです。教科書や医学雑誌には、ちょっとした患者さんの疑問や不満などは書いていません。どうか教えてください。みなさんと一緒に考えるのが、このコラムの狙いです。
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